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2017-10-14 (Sat)
昨日、事業所が終わってから病院へ行ってきた。
前回処方してもらったお薬のおかげで、胃潰瘍は良くなってきている。
相変わらず胃が漬物石のように存在感をアピールし、喉がつかえたような感じはするけど、日中はそれほど気にならなくなった。
夜はまだ胃が焼けるような不快症状に襲われるけど。

今回処方してもらったお薬は、種類が4個から3個に変わっている。
一番強いお薬は卒業。
胃が怪我をしてるようなものだから、“日にち薬” なんだろうなあ。

そうそう、“日にち薬” は関西地方でしか通用しないらしい。
ついさっき知った驚愕の事実!
日本列島どこに行っても普通に使われていると思ってた。
「月日の経過が薬代わりとなる」コトバンクより)という意味で、けがや病気だけでなく心の傷に対しても使える言葉。
英語にも同じような意味の言葉があるそうだ。
Time cures all things.(時は全てを癒してくれる)
ということは、関西以外の地方では “日にち薬” に該当する言葉があるのだろうか?
 
深い悲しみも引き裂かれるような心の痛みも苦しみも、“日にち薬”で癒すことができるのかと考えてみた。
それらは心から消え去ることはないかもしれない。
でも、暴風雨に翻弄されているような状態から、徐々に着地点を見出すことができるといいなあ。



感謝くま 


胃潰瘍=体の傷なら、“実在する薬”“日にち薬”で治すことができる。
ヨガインストラクターの試験が終わり、体調が整わないまま次の目標に向かって走り出そうとする私のことを、福祉士さんがとても心配してくださっているようだ。
私自身もまずは体のメンテナンスを…とか、まったりと休息を…とも思うけど、心が走り出すと行動せずにはいられない。
「石橋を叩いて渡る」ではなく、飛び越えてしまうのだ。
それに、足を止めるともう走れなくなるんじゃないかという不安が私の背中を押す。
また、ひとりの世界に戻ってしまわないように。

完全に動けなくなるか、走り続けるか。
ほどほどにというのが難しい。

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| いろいろ | COM(6) | | TB(0) | |
2017-10-08 (Sun)
ヨガインストラクターの実技試験及び座学試験、無事終了。
コメントや拍手で応援してくださったみなさま、ありがとうございました!
結果はまだわかりませんが、またブログで報告させていただきます(*^▽^*)


では、ここからはいつもの文体で・・・



~Aさんと私~

就労移行支援事業所仲間のさんは、アロマセラピストスクールに通っている。
私がお世話になっているヨガスクールの系列で受付は同じ場所なので、私たちが共通でよく知っている人もいて、彼女はいつもレッスン前に受付でひとしきりおしゃべりするらしい
そうやって不安と緊張を和らげるのだと。

それに対し、私はさらっと挨拶するだけですぐに教室に入り、先に来てる人がいればこれもまた簡単に挨拶し、すぐに “なんちゃってシャヴァーサナ” 状態(ヨガマットを敷き、仰向けに寝て目を閉じる)に入って心身を整えていく。

私はコミュニケーションを絶つことで、興奮状態の脳をクールダウンし、胸を締め付けるような不安と緊張を解いていくのだ。

心が落ち着き覚悟が決まると、戦闘開始!と起き上がって周りの話の輪に入っていく。


さんと私は発達障害仲間で、「特性は千差万別」といわれる中とても似たものを持っている。
それでも、心の安定を保つために取る方法は真逆。
やっぱり私の「ひとりが好き!」は筋金入りだなあと実感するのだった。
 
親しい人と話すことでリラックスするAさんと、一人の世界に入ることで自分を取り戻す私。
私たちはそれぞれの方法で、事業所とはまた違った環境で活動するための力を養ってきた。
彼女も試験を終え、今は二人そろって結果を待つ身だ。
目指す資格は違っても、共に学ぶ彼女の存在は大きかったと思う。

二人そろって「おめでとう!」と笑える日が来ますように。





 祝杯
ちなみに、現在胃潰瘍発症中・・・頑張った証!?
祝杯をあげられるよう、体調も整えていかなくてはヽ( ̄д ̄;)ノ


| ヨガ | COM(6) | | TB(0) | |
2017-09-30 (Sat)
いつの間にか、土曜日に更新するスタイルが定着。
で、今日はその土曜日なんだけど・・・


ただいまヨガインストラクター資格試験真っ最中!

昨日実技試験を終え、明日座学の試験なのだ!!
そんなわけで、ここ数日はブログ巡りもお休みしていて、今日は久々の受験生気分を
味わいながらお勉強。
ちなみに、試験の結果は 「一ヵ月以内に通知」 とのこと。




   
  試験勉強 

後悔のないように、今出来ることを精一杯やろう。
 




試験が終わって落ち着いたら、またブログ訪問を再開しま~す (*・`ω´・)ゞ

| ヨガ | COM(4) | | TB(0) | |
2017-09-23 (Sat)
私は二足の草鞋を履くことができない。
無理やり履こうものなら、心にひずみが生じる。
現実に今、就労移行支援事業所とヨガスクールという二足の草鞋状態の真っただ中にいる私は、心身ともに疲れている。
仕事をしながら習い事をする人はたくさんいるのだから物理的には問題ないし、他人から見れば大したことではないと思えるだろう。

でも、私の心はこの二つを両立できないでいるのだ。



焦るペンギン 


私はひとつのことにしか集中できない。
ヨガインストラクターの資格取得に向けて勉強している今、私の頭の中はヨガの世界が広がり、思考も行動もその世界を中心に成り立っている
だから、仲間と会話してるときも他の話題だと、いつの間にか心は上の空。
気がついて意識を現実に引き戻そうとするけど、すぐに自分の興味の世界へ逆戻りしてしまう。
そんな状態だから、コミュニケーション時の意識の覚醒レベルが格段に落ちているのを感じる
しかも口を開けば勉強中のヨガの話ばかりになりそうなので、自制しながら雑談に応じるのはなかなか大変だ。
いつも以上に集中しないと頭が上手く回らず、とても疲れる。
そのせいか、最近は少々人と距離をとるようになった。

興味のあること、集中したいことから意識を引きはがすのは難しい。
もちろん、体力には限界があるからずっとヨガをやっているわけではないけど、だからこそ、他のことにエネルギーを割きたくないのだ。
興味の世界に全エネルギーを注ぎ没頭したいという欲求が、私の社会性を奪っていく。
融通の利かない私の心。
 

それでも、そんな心と格闘しながら私は二足の草鞋を履き続ける。
それもまた、私なのだ。
 

| 私の凸凹(特性) | COM(6) | | TB(0) | |
2017-09-16 (Sat)
大学生時代、私は卒論を書くワープロ(まだパソコンの時代じゃなかった)を買うためにアルバイトをしたことがある。
「家庭教師とか?」と尋ねる福祉士さんに「いえ、ホテルのベッドメーキングです」と私。
以前の私は人が怖かったし会話も苦手だったので、できるだけ人と交流しないで済む仕事を選んだ。
「ええ!?意外!」
「人と関わることを楽しいと思えるようになったのは、多分演劇に出会ったおかげだと思います」

もう20年ほど前のことだ。
いろんな年齢の人が集まり、泣いたり笑ったり時にはぶつかりながら同じ目標に向かって走り続けた経験が、私のコミュニケーションの原点かもしれない。
その後何度も転職を繰り返すうちに技術は磨かれ、表面上は仲間たちとうまくやっていくことができるようになった。

「人は変われるんですね」

そう言って、福祉士さんは嬉しそうに笑った。
 


帰りの電車の中で、福祉士さんの言葉を反芻する。
確かに “変わった” のだろう。
でも、何か感覚的にしっくりこない。
だって、演劇に出会う前の “私” は今も変わらずに私の中にいるのだから。
この基本の私は基盤として存在し続けている。
“変わった” というより“目覚めた” のだと思う。
私の中に眠っていた新しい “私” が目覚め、変わらない基盤の上に乗っかった感じ。
二重構造?
人格・人間性のバージョンアップと言えば聞こえはいいけど、相反する感情はなかなか面倒
だったりもする。
 
社会で生きていくために “目覚めた私” に塗り替えることができたら、どんなに楽だろう。
でも、それじゃあ私が私でなくなってしまう。
だから、今のままでいい。
きっと、私の中にはまだ知らない私がいっぱい眠っているに違いない。
そう思うと、
新しい “目覚め” で人生は変えることができるんじゃないか!?
と、希望が湧いてくる。


クローバー 
 
「人は変われるんですね」
そう、バージョンアップした私に変わることができるのだ!
 

| いろいろ | COM(6) | | TB(0) | |
2017-09-09 (Sat)
先日、4カ月ぶりに病院へ行った。

ずっと行きたかった場所。
でも、行くことができなかった場所。


待合室のソファに腰掛けた途端、涙がこぼれそうになった。


心がしんどくて泣きたくなったとき、私には弱音を吐く場所がなかった。
もちろん事業所の所長や福祉士さんは私のことをいつも気にかけ大切にしてくださっている。
それでも、いろんな問題を抱えた利用者さんが増えていく中、サポートスタッフという名前をもらった私まで甘えるわけにはいかないと、自分を戒めていた。
忙しいおふたりに、これ以上負担をかけたくない。
だから体の不調は訴えても、心の不調は飲み込んだ。

でも、8月末の個別面談のとき、私はやり場のない重荷に耐えかねて、とうとうおふたりに少し打ち明けてしまった。

「先生に会いに行きたいけど、こんなに配慮してもらってる私が病院に行くなんて失礼なことだと思うと行くことができなくて・・・」

という私に、福祉士さんは

「かなさんの心のメンテナンスのために、ぜひ行ってほしいです」

と言ってくださった。

嬉しくて、涙がこぼれた。



久しぶりに会う先生は、いつも通り素敵な笑顔で迎えてくださった。
ちゃんと挨拶するつもりだったのに、涙があふれ上手くしゃべれない。

ああ、私、こんなに泣きたかったんだ。

先生は「もっと大泣きしてもいいんですよ」と言ってくださるけど、抑えることに慣れてしまっている私は上手く泣くこともできない。
でも、弱い心を吐き出して気持ちが軽くなった。



                           コスモス

その後事業所で、所長と福祉士さんに通院報告をする。
深い話をするつもりはなかったのに、質問に答えるうちに飲み込んできた心の不調を話すことに。
「そんなに負担をかけてたんですね・・・」
とショックを受けるおふたりに、私は申し訳なさでいっぱいになった。

だから、言えなかったのだ。

“ちょっぴり発達凸凹” の私は “人との交流を求めない” 性質だから、コミュニケーションで感じる負担は健常者のそれとは比べ物にならないくらい大きい。
それなのに、会話がスムーズに流れたり誰かが笑顔になってくれるのが嬉しくて、ついチャレンジしてしまう。

「自ら背負ってるんです。
コミュニケーションはとても負担なのに、それを楽しむ自分もいて・・・
ややこしいですね」

二つの感情を持ち、どちらも大切にしたいと願う私。
今は本来の自分を押し込めているから心が悲鳴を上げているのだ。
だから、お昼休みに少しひとりの時間を確保することになった
サポートスタッフとして会話が上手く回るようにと頑張ってきたけど、やっぱり私にも休憩は必要だ。
私にとっての休憩は、誰とも話さずにひとりの時間を過ごすこと。
 

なんだか急展開。
思い切って話してよかった。

話さなければ、伝わらない。
ひとりで抱えていては、つぶれてしまう。


そんなことになれば、それこそ所長と福祉士さんを大きく傷つけてしまうだろう。
 
先生も所長も福祉士さんも、そっと私の背中を押してくれる。
勇気を出して、これからはもっと自分のことを話そう。
 


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