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2017-05-30 (Tue)
「あんたは傲慢だ」と言われたことがある。
あれは確か昨年の夏・・・話の内容は覚えていないけど、あのときの衝撃は今でも大きな棘となって心に突き刺さっている。
「相手の気持ちを理解したい。知りたいと思う」という私に、その人は「相手の気持ちがわかると思うなんて、あんたは傲慢だ」と言った。
私は反論することができなかった。
ただショックで、“違う!そういうことじゃない!”  と心の中で叫びながらも言葉にならない感情が暴れまくり混乱するだけで、ポロポロ泣くことしかできなかった。

冷静になると、自分の言いたかったことがわかる。
私だって、相手の気持ちがわかるなんて思っていない。
どれだけ話を聴き一緒に涙したとしても、私はその人にはなれないのだから。
わかったと思っても、それは自分というフィルターを通して想像した感情でしかない。
でも、それでいいじゃないか。

わかることはできなくても、
「わかりたい」と思うことが大切なのではないだろうか。


その気持ちが、思いやりや優しさにつながっていくのだから。
 


最近私は、障害者としての自信を無くしかけていた。
こんな私が当事者として彼らに寄り添いたいと思うことは、とても傲慢なことなのではないかと・・・
これまでに出会った発達障害の人たちは、ほとんどの人が幼いころから怒られたりいじめられたり辛い記憶を持っている。
“ちょっぴり発達凸凹”  の私はおとなしく目立たない子で勉強もそこそこできたので、そういう経験はほとんどない。
平和な幼少期を過ごした私に、彼らの何がわかるというのだろう?
それなのに、そんな私がさも分かったふうに偉そうにおしゃべりしているのだ。
私の言葉は彼らにとっては遠い世界のもので、届いてはいないのかもしれない。
私がピアサポートなんて、そんな資格があるのだろうか。


それでも私は、彼らのことをもっと「知りたい」と思う。
「わかりたい」と思う。
もしそれを「傲慢だ」と言われたら、今度はちゃんと答えられるだろう。

「わかることはできなくても、
 わかりたいと思ってそばにいることはできる」 
と。



 2羽


「傲慢だ」と言われたことはショックだったけど、改めて自分を戒めるいい機会になったと思う。
そしてこれが、最近の心の空回りの原因のひとつだった。
もっともっと、私自身がしなやかな心をもたなくては・・・
 

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