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2016-12-14 (Wed)
数日間の休養をいただき、ただいま帰りました(*^▽^*)
これからは就労移行支援事業所と両立できるように、ぼちぼち更新していければと思ってますv
今日は過去の日記から、私の大切な思い出を書きたいと思います。
ではでは、ここからはいつもの論調で・・・


私が自閉症スペクトラムのボーダーライン = “ちょっぴり発達凸凹” だと
わかったのは、2015年5月のことだった。
でも両親は、うつ病で仕事を辞めた私にそれ以外の原因があったとは、想像もしていないだろう。そんな両親に「うつは2次障害で、実は発達障害でした」とは言えない
私は、このことは墓場まで持って行こうと決心した。

あれから1年、嘘をつき続けることに苦しむ私を見かねた姉が私の背中を押してくれ、今年6月に両親にカミングアウトする機会を得た。
その顛末を、日記で振り返ってみたいと思う。
 

日記2016年5月17日
両親には障害者手帳のことはおろか、“ちょっぴり発達凸凹” のことさえ言っていない。
両親の気持ちや体のことを考えると、カミングアウトはできないという私に、姉は「大丈夫だよ。まあ、なんかあったらそのときは私が何とかするし」と言ってくれた。
ええっ?・・・いいの? 私、言ってもいいの?
両親に、ちゃんと伝えたい。うわべの笑顔だけじゃなくて、本当の私を伝えたい。
「うつがぶり返して、自殺したらどうしよう」という心配と、「娘は障害者」という
事実と、どっちのほうが受け入れやすいのだろう。
ただ、どうして娘はこんな風なのか?という疑問はスッキリするかもしれない。
なぜみんながやってることができないんだと、なぜみんなのように普通に生きることができないんだと、そんな小さな、たくさんの疑問に答えられるかもしれない。

それでも、両親にこれまでの常識の “180度の転換” を要求することになる
のだから、よく考えなくては
閉鎖的な農村に生まれ育った両親。“障害” という言葉にかなり抵抗があるであろう世代。
両親はどう思うだろう? 娘の人生に納得し、原因がわかってよかったと思ってくれるだろうか?それとも、ショックを受け、落ち込むのだろうか? 「ちゃんと産んであげられなくてごめんね」と自分たちを責めるのだろうか?

それはきっと、今の私、これからの私次第。
きっとショックを受けるだろうけど、私の“笑顔” を受け止めてほしい。
私が自分の “ちょっぴり発達凸凹” を知ったことでどれだけ救われたか、知ってほしい。
そして、それをふまえた人生を選ぶことで、もっと生きやすくなるんだってことを伝えたい。
だから、私は大丈夫だよって。ちゃんと生きていけるよって。


日記 2016年6月4日
一週間ほど前、母が電話口で「玉ねぎの収穫が終わったから、食べに帰ってくれば?」と
言った。
これはチャンスなのでは!?
とっさにそう思った。
両親へ、“ちょっぴり発達凸凹” をカミングアウトするチャンスがやってきたんだと
姉から「あの2人は大丈夫だよ」と言ってもらってから、どんなふうに伝えるのがベストか考え、資料を作ってシミュレーションを繰り返し、一応準備はできていた
あとは、自分が決心するのみ・・・そんな時に、母のほうからチャンスをくれたのだった。
私は2人分の資料を携え、3日間の予定で帰省した。
1日目はなかなかタイミングが合わず、言えずじまい。そして2日目のお昼前、2人が腰を落ち着けたときを狙って、私は話しかけた。
 
「聞いてほしいことがあるねん。昨年3月末にうつで休職、退職してから、
もう一年以上経つよね。
だから、今、私がどういう状態なのかを、ちゃんと話しておきたい

そう前置きして、昨年5月に自分が “ちょっぴり発達凸凹” であることが分かり、どんなに心が救われたかをまず伝えた。
それから資料を渡し、発達障害とはどういうものなのか、その中で私はどんな特性を持っているのかを説明した。
両親は思い当たることもあるらしく、頷きながら聞いてくれていた。
そして、障害者手帳を取得して、“ちょっぴり” の私でも辛いって言ってもいいんだと、私だってちゃんと発達障害してるんだと、自分を許してあげることができたと言うと、父が「水戸黄門の印籠みたいやな」と笑った。
また、様々な私の特性を聞いた母が、「誰にでもそういうのあるやん?」と言うと、父が「その大きさが違うんや」と説明する「ふ~ん」と、母もなんとなく理解してくれる。そして、これからの生き方を模索中という私に、「あんたの思うように生きたらいいよ」と言ってくれた。

あっという間に3日目となり、父が私のマンションまで車で送ってくれることになった。
片道約2時間、マンションに着くと昼食を済ませ、私の部屋でしばらくたわいない会話でくつろぐ。
そして、そろそろ帰ろうかという空気になったとき、父が私に尋ねた。

「親として、自分たちに何かできることはあるか?」

――お父さん・・・

「大丈夫。こうやって受け止めてもらえただけで、もう・・・ ありがとう」

そして、母が言った。

「自分の思うようにやってみたらいい。私たちは見守ってるから」
「うん。私はスローペースだから、長生きしてもらわないとね」

2人が、笑った。
その笑顔が、涙でにじんだ。
 
これが、私の両親。
あふれる想いを、どう表現すればいいのだろう。 どう伝えればいいのだろう。
あまりに大きすぎて、言葉が見つからない。
ただ今言えるのは、ひとつだけ・・・

“ ありがとう ”

                    家族 
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